第3回「さくらんぼ文学新人賞」一次選考通過作品

 

bungaku-selection.jpg


第3回さくらんぼ文学新人賞
応募総数401作品
 


一次選考を通過した作品は以下の21本です。

 なお、二次選考の結果は3月中旬頃に発表いたします。

※作品順不同
※コメント最後の( )内署名についてはページ下の「一次選考であがった声」を参照。

タイトル

著者名 コメント
戦いのレシピ

横川朝香

飄々とした、軽快な語り口がいいですね。読み始めるや、あっという間に物語に引き込まれました。一見のほほんと暮らしながら、実はその内側に抱える深い闇を抱えるカップルをめぐって、その光と影の両方を作者は交互に浮き彫りにしていきます。ヒロインを支え続ける主人公の夫も存在感もなかなかですが、隣人の勝子さんが最高。癒すことのできない傷を内に抱えるヒロインの心の痛みが、ヒリヒリと伝わってきました。(三)

ぬるま湯でやけど

塩﨑早苗

色々なことに迷いながらも、前向きに生きようとするヒロインにリアリティと存在感があります。都合のいい男をめぐる物語というのも面白いところで、恋愛小説のありがちな展開を外しつつ、ストーリーが展開していくのもいい。主人公の恋物語には、後半に思わぬ展開があって、意表をつかれました。最後の一行も新鮮で、作者のこの小説にこめた思いのようなものが伝わってきました。(三)

ねじは右巻き左巻き山本洋子夕景に浮かぶ富士山、鉄塔。イメージ喚起力が強い作品で印象に残る。今話題となっているテーマを使っているが、あざとさが感じられないのがよい。題名はもっと工夫がいるのではないか。(西)
真夜中の親友

渡辺千代子

切れ味の鋭い短篇ミステリです。文章に安定感があるので、かつてのクラスメートとの偶然の再会の物語と見せかけておいて、中盤からの思いもかけない展開を遂げますが、前半とのブレはありません。わたしも、知らぬ間に足元をすくわれました。物語をしめくくる結末も見事なものです。応募者は、ミステリ作家の資質を十分に持ち合わせた方だと思いました。(三)
ハイヒール大野かおる

少し背伸びしながら生きる少女の生態が、生き生きと描かれている。30代の遊び人風のマスターと身体の関係がありながら、高校生ともつき合う。それでいながら極めて生真面目なところもある複雑さがよく描けている。(西)

ラブ・イン・ザ・ファミリーニコ・ペペッティ巧みな語り口から、一風変わった家族の様子が浮かび上がる。担当作品中、物語としていちばん面白かった。(西)
ハナコ日和川尻照子一度は死んだはずの人間の魂が……というのは、ある種使い古された設定なのだが、そこから先の展開が斬新。奇想天外なストーリーを無理なく読ませる筆力もいいし、何より、全体的に陽性なトーンがいい。(吉)
土に埋める沢野繭里日常なのに怪しい雰囲気が魅力的。静かな小説なのに読み終わると胸がざわつく。(東)
ブタヒメさまオ堂いり

栗殻アサヲコ

日常の中に入り込んできたありえない恐怖。主人公の書き分けも見事で楽しんで読んだ。(東)

今更めく零史蓮

学園一の美少女の本性を暴こうと、観察日記をつける主人公の葛藤ぶりがとても面白かった。ストレートな題材ながら、“等身大”の気持ちを描いて、ラストもいい。この短篇の少女たちに実際に会ってみたくなる作品でした。(青)

Bread&Butter弘中麻由

パンを作る過程がディテール豊かで、キャラクターの設定もいい。気持ちのいい作品でした。(深)

向日葵の祈り小林まさ

文章が抜群に上手い。よくある女子高生の小説なのに最後まで一気に読んだ。(東)

ヘビノオリ高遠ほづみ田舎の閉そく感や若者の焦燥がよく書けていると思います。ヒロインの悲しみが伝わります。(深)
踝の博覧会茨田凛快楽追求型の男のフェティシズムとは違う、女のそれを題材にした点を面白く読みました。ラストの1行の要不要については評価が分かれそう。(温)
黒装束遠野瞬併行世界なのか近未来なのか、ハムラビ法典を則とする公務員という設定がブラックな不協和音を奏で、異色の魅力がありました。(温)
通岡峠村上敬構成上問題はあるが(冒頭の手紙やオチの部分)、心象風景や人物の描写が優れている。中華店の夫婦の描き方がよかった。(柚)
三笠橋北詰交差点

鈴木みい

会話や段落の作り方など問題点はあるが、主人公の駄目さ加減(心情)がよく描けていた。(柚)
記憶

中村玲子

文章力がすばらしい。一人称なのだが、説明的ではなく、作者の筆(目)が隅々までゆきとどいている。終り方をどうとらえるかは読み手それぞれだが、重く暗いテーマを最後まで読ませる筆力がある。(柚)
空を見上げて、大地を踏んで。桐生環力強いドラマである。女同士の対立をふたつ重ねて(ひとつ隠して)、うまくストーリーを進めている。台詞も力強いし、脇役も印象的。(池)
悲友村山小弓

タイトルが甘い感じをうけたが、読了すれば、テーマと密接に絡み、これしかないと思う。息子の別れた女性と、親しく付き合う母親の関係。抑制のきいた筆致が悲しみをいちだんとひきたたせている。(池)

公判まで和泉りき性犯罪被害者の精神と肉体の苦痛、告訴までの葛藤、加害者への思い、法制度の不備に対する怒りなどを緊密に描く。過不足のない巧みな筆致が見事。(池)

 


  【 一 次 選 考 で あ が っ た 声 】
 一次選考にかかわった方々よりコメントをいただきました。

◆青木千恵氏
 あらかじめ考えたストーリーを書こうとしている作品が目立ちました。小説を書くことで生まれる予想外の言葉、展開、人物の魅力がみられる有機的な作品が少なかった。ストーリーよりも、作中の人物に血が通って発せられる言葉や、そこにしかない情景の丁寧な描出が大切なのかなと、今回の選考を通して思いました。


◆東えりか氏
 今回一番気になったのは、原稿の書き方。原稿用紙の使い方がめちゃくちゃで、まず読む気が失せる。不倫、DV、自殺、殺人とネガティブなテーマが多くて、大変消耗した。元気で明るい小説だと、それだけで評価が上がる。可もなく不可もないけど面白くない小説が多く、欠点の指摘が難しかった。

西上心太氏
 「わたし」と「恋人」、「わたし」と「家族」というような、身の回りの関係を描いた作品が多く、いささか食傷。短篇らしいキレのある作品、短篇だがダイナミックな作品がほとんど見当たらない。文章や表現の上手さに感心しても、だからといって心を揺さぶられる作品が少なかったのは残念。

温水ゆかり氏
 ひどく気になったのは、書き出しの1行目に「私」が入っている作品が多かったことです。自己投影型の一人称小説は、同時に「私」の限界暴露小説にもなりかねないことを知っていただきたいと思います。「私」を肯定するのではなく、私から離れた「私」をあらたに創造する。語りたいものが、本当に語られるべきものかどうかを吟味するところから、真の創作は始まるのだと思います。13歳のH.Uさん、来年も応募して下さいね。楽しみにしています。

◆深町秋生氏
 前回よりぐっとレベルが向上したと思います。剣道などに置き換えて言うなら、面を着けてこない、袴がちゃんと履けていないといった、基本をおろそかにしたものが、前回は多かったのですが、今回はそれがあまりなく、腕に覚えのある作品ぞろいで嬉しかったです。

 ◆三橋暁氏
 期待にたがわず今年もレベルの高い応募作が多く、予選通過作を絞りこむのに難儀しました。わたしの場合、紙一重で予選落ちとなった作品がいくつもありました。ただ、よく出来てはいても、既にどこかで読んだように思える作者の個性が希薄な作品も目につきました。手堅くまとめたのではだめです。自分の書き方を苦しみながら模索してみてください。プロとして活躍している作家の多くは、その修羅場をくぐりぬけてきている筈です。惜しくも予選落ちした方々には、さらに腕を磨いてぜひ捲土重来を期してほしいと思います。 

◆柚月裕子氏
 総じて、文章力が優れた作品が多かった。なかでも筆力に加えて観察力が優れた作品が目を惹きました。今回、下読をして感じたことは一人称の難しさです。一人称は心情を描きやすい半面、ともすれば説明になりがちで読者不在の作品にもなりかねません。一人称を描かれる方は、描写力と観察力を駆使して描いていただきたいと思います。 

◆吉田伸子氏
 短編というのは「小さい物語」ではない。まず、そのことをしっかりと頭に置いて欲しいと思います。短編の持つ可能性は、長編同様に無限であることを、まず書き手が信じてください。また、それだけに短編は難しいのだということも。

◆池上冬樹氏
 去年に比べると、僕の箱は低調だった。箸にも棒にもかからない駄作は少なかったが、書きたいものを強烈に訴える作品も少なかった。半径数メートルの話を、手際よく、ときにユーモラスに語る作品が散見されたが、もうひとつ心をうたない。
 新人賞の下読みでは、こぢんまりとまとまった作品よりも、破綻していても荒々しく力強い作品なら、僕はそちらのほうを選ぶ。技巧や文章はいくらでもあとで教えられるけれど(うまくなることができるけれど)、書きたい衝動、書かなければならない衝動は教えられないし、それこそ作家にもっとも必要とされるものである。上にあげた3作には、その衝動を感じさせるものがあった。